Column-コラム 65
 
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2012.7.5コラム

 

第65回 「日本代表の原点回帰」

 

2012 年上半期のラグビーが一段落した。 7 月上旬は休養をとるチームが多く、日本代表選手もいったん所属チームに戻り、 7 月 16 日から始まる菅平高原(長野県上田市)での夏合宿に備えている。複数のラグビー関係者と春の日本代表戦について言葉をかわす機会があった。世界との差を痛感したものの、新生・日本代表が目指す方向性に疑問をとなえる声は少なかった。「世界一のアタッキングラグビー」、「世界一のフィットネス」、もちろん、まだ強化が始まったばかりで、未完成な部分がほとんどなのだが、戦い方については肯定的な声が多かった。

IRB ラグビー殿堂入りを果たした坂田好弘氏は、 1968 年にオールブラックス・ジュニア( 23 歳以下ニュージーランド代表)を下した日本代表メンバーの一人だが、「エディー・ジョーンズヘッドコーチの説明は納得できる」と話す。ディフェンス・ラインに接近しての攻撃や、相手がスピードに乗る前に接点を持っていくディフェンスなど、考え方が 40 数年前の日本代表と似通っているのだ。興味深いのは、この春から日本代表に参加した立川理道選手(天理大学→クボタスピアーズ)も、「天理のラグビーとエディーさんが日本代表でやろうとしているラグビーは似ている」と、すんなり日本代表のトレーニング、試合に入って行けたということだ。

昭和 40 年代に本格的に強化をはじめた日本代表、そして天理のラグビーは、ともに小さな体でいかに勝つかというラグビースタイルを磨いてきた。日本代表は大型化に走り、その伝統を見失う時期が長かったのだが、天理ラグビーは一貫して小さな選手がいかに勝つかを追求してきた。エディー・ジョーンズ氏は、オーストラリア代表監督、南アフリカ代表テクニカルアドバイザーとして、ワールドカップで 14 戦し、 13 勝した世界屈指のコーチである。オーストラリア人である彼が、日本代表が世界に勝つために採用しようとするプレースタイルが、 40 年前の日本代表と天理ラグビーと似ていることは興味深い。

攻撃面だけを端的に書けば、アタック(攻撃)ラインがディフェンス・ラインに向かい、前に出ながら細かくボールを動かすスタイルなのだが、そのためには、細やかなパスや、プレッシャー下で確実にボールをキャッチする技能などが求められる。これが上手くできる選手が少ないのが日本ラグビーの現状。フィットネスを高めると同時に、技能のレベルアップも図られることになる。 40 年も遠回りしたとは考えたくない。その間の試行錯誤を忘れず、同じ失敗を繰り返さないことこそ大切なのだと思う。

外ラグビーは、スーパー 15 (南半球スーパークラブ選手権)がいよいよ佳境を迎える。決勝戦は、 8 月 4 日だ。ここまでの戦いぶりで魅力的なのはニュージーランドのチーフスだ。ライン全体で前に出て、 SO アーロン・クルーデン、 CTB ソニー・ビル・ウィリアムズらが、タックルされる寸前、またはタックルされながら絶妙のタイミングでパスを出す。日本が目指すアタックにも大いに参考になる。そして、昨年まで行われていたトライネーションズ(ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリアの三カ国対抗戦)は、アルゼンチンを加えて、「 THE RUGBY CHAMPIONSHIP 」に生まれ変わる。これが世界最高峰の選手権だという自負が垣間見える大会名だ。開幕は 8 月 18 日、どんな戦いになるのか、アルゼンチンがどこまで三カ国に接近できるのか。こちらも見逃せない。

 

○村上 晃一氏略歴    

村上晃一(むらかみ・こういち)
ラグビージャーナリスト。

1965年3月1日京都市生まれ。
京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。
現役時代のポジションは、CTB/FB。

86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より同誌編集長。98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。ラグビーマガジン、ナンバー(文藝春秋)、スポーツヤア(角川書店)スポルティーバ(集英社)などに主にラグビーについて寄稿。「バッティングの正体」、「魔球の正体」(ベースボール・マガジン社)など野球の単行本編集も手がける。スカイパーフェクTV「ジェイスポーツ」のラグビー解説も98年より継続中。99年、03年のワールドカップでは現地よりコメンテーターを務めた。
著書に「空飛ぶウイング」(洋泉社 99年9月発行)がある。

 
 
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